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早期退職を考える人たちへ
早期退職が盛んな日本の製造業。去るか、残るか悩んでいる人たちへの参考として私の経験を伝えます。 左下「カテゴリ」を目次代わりにしています。
うれしい知らせが届きました
昨年の春、私と同じ職場で働いていた後輩が私と同じように早期退職
の制度を利用し生簀から泳ぎ出ました。

その時は二人で小ぢんまりと昼下がりの蕎麦屋で壮行会を開きました。
彼の独立には少なからず私のこのブログが作用していると感じていま
したのでひょっとすると本人より私のほうが不安を抱えていたかもし
れません。年齢も私よりずっと若く抱え込むリスクはより大きかった
のです。

その彼から「7月に自分の道場を立ち上げます」という連絡がきたん
です。壮行会のときもその夢を話していたことをはっきりと憶えてい
ます。でもそれからまだ1年しか経っていないのに。

自分の趣味が高じて教室を持つようになる人がいます。でもその実現
には長い時間が必要で、一般には習いに通っていた教室で腕を上げて
先生から師範代を頼まれるようになり、自分の教室につながってゆく。
そんなプロセスを踏む必要があると思っていました。

いくら筋がよくてもその教室には先輩達がいて、それらをさしおいて
師範代になろうものなら様々な軋轢が生まれ、先生も生徒を失いかね
ません。そのギクシャクが生まれない状況を作り出すのに少なくとも
数年は費やすんだろうなあと。

でも彼は違いました。一気に自分で自立しちゃったんです。とはいっ
てもこれからその道場を経営してゆかなくてはなりません。これは技
のレベルとはまた異なった技術を必要とします。だいじょうぶなんだ
ろうか。

でも見方を変えるとそれはデフォルトのないスタートなんだと思いま
す。長年の積み重ねの中には様々な「定石」が出来上がっています。
よく作用することも多いですが進歩の妨げになることも少なくありま
せん。だったらいっそのこと自分本位で一から創り上げたらどうだと。
大変な勇気です。

昨日私が出版した本の講演をする機会を貰いました。いろいろ準備し
て4時間近くしゃべらせてもらいました。自分で書いた本の内容を自
分の言葉であらためて話しているとまた新しいことに気づかされます。
講演の中で強調したことは結果は直接コントロールできない。最善の
結果が得られるようにそのプロセスをコントロールするんだと。

私はいま大学の研究室の仕事をしていますが、ここもデフォルトとは
縁の薄い現場です。そりゃそうで、今までと同じことやってたんじゃ
新しい事実に出会う事は望むべくもありません。幸いなことに参加し
た研究室の研究者たちはそのことに寛容でした。自分なりの最善の結
果に向かって自分なりにプロセスを作り、必要な測定器や器具を集め
無いものは自分で設計しちゃってどんどん加工業者に発注しています。

デフォルトとは直訳すると「怠ける」の意味ですから、デフォルトの
ない進め方とはまさに挑戦を意味しています。そしてそういった開拓
を避けて通りたい人たちのために新しいデフォルトを作ってあげます。
私達の真似をしてみたらと。

7月から稼動を開始した真新しい道場、こんど一升瓶ぶら下げて訪ね
てこようと思います。これまでの1年間の過ごし方もぜひ聞かせてほ
しいし、描いているこれからのプロセスも見せて欲しいと思います。

楽しみがひとつ増えました。


2巡目の人生
 退職して3年半が経ちました。今年は社会人になって35周年となる
節目の年で、初詣では第二創業の年にしようと願い、年賀状にもそう
書き添えました。

35周年というのは私が入社したときのソニーです。創業から35年の当
時のソニーと、私が社会人になってからの現在を比べるとなんとその
スケールの違いが感じられることか。

それでも私の流木エンジニアとしての35年間にもそれなりの成長があ
ります。昨年出版した電子書籍はそのひとつの形ですが、自分の考え
方がどのような構造になっているのかを自覚するようになったことで
仕事に限らず日常の様々な場面での受止め方や対応に腰が据わり安定
してきたように思います。

この思いはあのまま会社に居残っていたのでは手に入れることのなか
った貴重な財産です。自分自身という個人と向き合う時間を持つこと
で辿り着けた場所だと感じます。

その甲斐あってかここに来て仕事のオファーが来るようになりました。
若い人たちと違い将来への期待ではなく今現在何ができるのかが求め
られる立場で、いくら履歴書や職務経歴書に詳しく書き連ねたところ
でそれらは過去の、それもひとつの事例に過ぎずそのまま期待され信
用されるものではありません。それよりどのような考え方を持ってい
るのか理解してもらうことが大切なようです。

仕事の選択肢があるというのはほんとうにありがたいことです。どの
仕事が自分に合っていそうか、楽しく働けそうかなどいろいろな面に
思いを馳せながら面談を進めてゆきます。自分のモノ造りに対する考
えが行着いた当面の答え「ちゃんとした現場づくり」が実践できそう
な仕事になりそうかを考えます。

海外の量産事業所での仕事を中心に様々な場面を思い浮かべてきた中、
結論したのは全く違う環境、大学の研究室での仕事でした。

この仕事は私の本とは全く関係なく、かつての職場の上司から打診さ
れたものでした。大学の研究成果を産業につなげるという仕事です。
研究室で繰り返される実験が常に同じ結果を生むという普遍性を担保
するための条件抽出と装置開発、そして成果物を産業界に示すプロト
タイプ設計が主な役割です。

この仕事は開発された技術により設計された機器をその量産に向けて
道具建てを整えるという、35年前に社会人としてスタートした当時の
生産技術者の仕事そのものもです。

社会人35周年の第二創業は35年前と同じ場所から始めることにしまし
た。もう一度同じルートを辿ることでモノ造りに対する考えに磨きが
かかるのではないかと感じたことがひとつの理由です。もうひとつは
学生や若い研究者たちとの交流で自分自身が磨かれるのではないかと
期待したためです。

スタート地点は一緒でも高さは1段高くなっているはずです。螺旋階
段を1周し、二階からその上の階にまた上り始めることにしました。

ただ今度の周回に与えられている時間はさほど長くありませんしまた
その必要もないだろうと思っています。大学の研究員という立場の周
りにはどのような景色が横たわっているのか皆目わかりませんが、足
元を見ればなにせ一度通った道がはっきりと見えているわけですから
もう迷うことはありません。

2巡目の人生がどのような結論を出してくれるのか楽しみです。
「もっとちゃんとした現場づくり」になると期待しています。


三菱自動車に提言してみました
3度目となる不祥事が明るみに出て、もはや取り繕いようのなくなっ
た三菱自動車工業株式会社にホームページを通じ提言してみました。

社内体質を変えるために「ちゃんとした現場づくり」をお勧めしまし
た。私の出版した本をみんなで輪読し、役員自らチェアマンとなって
社員全員が意見を出し合う場を設け「ちゃんとする」ことの具体的な
中味を議論したほうがいいと。ちゃんとした開発、ちゃんとした営業
ちゃんとした製造、それぞれの人たちが関わるフィールドの現状に則
したルールに見直し、遵守する文化を根付かせることが先決です。

ちょっと前の東芝とまったく同じ現象が起きていました。守れもしな
いルールを課された現場が守ったことにしてごまかす。守れないこと
が既定の事実となっているため守らなかったことにもさほどの罪悪感
が生まれないのかもしれません。この循環が始まると帰ってくる答え
は常に「Yes! We Did!」なのですべての問題点が水面下に
潜ってしまい是正のトリガーがかからなくなってしまうのです。

記者会見で「ダイハツの燃費を目標値としたためプレッシャーになっ
ていたのかも知れない」と発言した中尾副社長。プレッシャーのない
目標値なんてあるんですか。努力を必要としない目標値なんてある訳
ないです。目標値が問題なんじゃない、その運用が幼稚なんです。

そもそも他社が既に実現しているレベルを目標に置くこと自体不可解
なのに、その目標値がプレッシャーになって不正を招いたと説明して
いるわけです。おかしな会社だと思いませんか。

三菱自動車のホームページの問い合わせ欄から提案を送ったところ、
翌日には丁寧な返信を頂きました。

「〇〇様には、折角Eメールをお寄せいただきながら、ご満足いただ
 けるようなご回答を差し上げられる状況になく申し訳ありません。」

右往左往していて気の利いた回答を準備することもできず申し訳ない
といった内容にとれます。こういった窓口の人たちはそれはもう大変
な毎日を送らされているのだと思います。本当に気の毒です。私の本、
きっと役に立つと思っているのですが残念。売り損ねました。

燃費という餌が捕れなかったのならほかの餌を探せばいい。まずは生
き伸びることが必要だから。でも彼らには捕食能力は備わっていませ
んでした。与えられた餌をもらうための芸しか身についていなかった
のではないでしょうか。社長を筆頭に筋金入りのサラリーマンで構成
されている会社なのかもしれません。

かつて在籍した研究所の暗室の壁にこんな落書きがありました。

「ダメな大将 敵より怖い」

ダメな大将の命令で無駄死にするくらいならいっそ一人で戦った方が
まし。たとえそう行動しなくとも、そう判断できるようスタンバイし
ておくことが必要でしょう。一生懸命芸を磨いている連中に翻弄され
ることなく、ひたすら自分自身の捕食能力を高めていってください。


東芝のリストラ
 ご存知のように東芝がたてつづけに大規模リストラを展開していま
す。家電、ITなど個人を対象としたリテールビジネスを片っ端から
売却し、半導体とエネルギーにその商売を絞り込んでいます。

1万人を超える従業員が会社経営陣が先導した不正会計によって解雇
されることに。とんでもない事態が起きてしまいました。東芝グルー
プ従業員の5%に当たるそうです。

解雇される従業員が1万人ということは、家族を含めて数万人の生活
が脅かされることになります。さらに1万人が携わっていた仕事での
取引先企業やさらにその先の孫受け会社など幾重にも折り重なる連鎖
の中で働く人々やその家族も同じ運命を辿らざるを得ません。

リストラの対象となったビジネスの年間売り上げは概ね1兆5千億円
くらいでしょうか。これだけのお金で生活していた人たちが憂き目に
会うということです。1世帯の収入を500万円とすると30万世帯
です。1000万円としても15万世帯。平均4人として60万人に
上ります。

お金を使うのは人間だけです。物に使ったとしてもそのモノを作った
のは人間です。モノを作るために必要な道具を作ったのも、原材料を
作ったのもみな人間です。1兆5000億円のお金はこれらの人々に
配分されていったはずだからです。

大きなお金を動かす企業の経営者にはこの自覚が必要です。「僕今度
大会社の社長になったんだぞ~!」などと浮かれている場合ではない
のです。

東芝は個人向けビジネスから撤退し電力インフラと半導体に特化した
体制を組みました。でも半導体を売る先は民生機器のメーカーです。
インフラ事業の殆どは公共事業、つまり税金目当てです。不正会計が
明るみにでた東芝は公共事業の入札に参加できるのでしょうか。もし
これが中小企業だったら自治体から入札禁止処分になっているはず。

先行きに大きな不安を抱えているように思えます。

でも私は東芝の室町正志社長にエールを送ります。不正会計への関与
があったのか否かは判りませんが、正に会社の構造を変えようと闘っ
ているように思います。

私が所属していたソニーは1998年から15年以上もダラダラとリストラ
と称した人員整理を続けて来ました。シャープの高橋興三社長は鴻海
に丸投げしちゃいました。さらに社長に居座ろうとしていたというの
ですから驚きます。シャープはこれから中国の文化に押しつぶされて
しまうでしょう。

これまで「うちの会社だいじょうぶかよ」とか「具体策なんにも出て
こないじゃん」などと不安に駆られる毎日を過ごしていた従業員達に
とっては「ちゃんとした会社」あるいは「自分の足で立って」働き始
めるチャンスです。スタートは早いに越した事はありません。

水の濁ったマリンパークを出てきれいな海を泳いでみてください。今
まで見えなかったずっと先の方まで見通せるようになるはず。足りな
いと思えるところがあったら時間をかけて補えばいい。最長で360日
(330日+30日の特別延長)の雇用保険受給期間はそのためにあります。

エアーバッグのタカタ、旭化成建材、化血研などたくさんの予備軍が
あとに控えています。ちゃんとしてない会社は長生きできないのです。
長生きしたけりゃちゃんとしな、チョチョンノパ、チョチョンノパ。

今のららぽーと船橋、昔は船橋ヘルスセンターという温泉施設。楠
トシエさんが歌ってたCMソング『長生きしたけりゃちょいとおいで、
ちょちょんのぱ、ちょちょんのぱ』を思い出します。

会社に限りません、社員だって同じコト。会社ヤバイと感じたら直ぐ
に準備に取り掛からないと。自分の生活の構造改革に着手しなくちゃ
いけません。


受験勉強再開
会社を辞めて自由になる時間が手に入ったので、娘と一緒に受験勉強
したのが3年と少し前でした。はやいもので娘も今年高校三年生にな
りますが、相変らず勉強のほうはさっぱり。いいところがたくさんあ
るのでできるだけ伸ばしてあげようと勉強に関してはあまり口うるさ
くしてこなかったことがひとつの原因になっているのではないかと。

もう中学生の頃のようにはいきませんが、また親子で受験モードに入
ってゆくことにしました。毎日朝と晩、僅かな時間だけ一緒に勉強し
ます。

朝は6時に起きて6時15分から30分、英語の時間です。食堂のテ
ーブルに娘と向かい合わせに座り、それぞれが自分の教科書や問題集を
使って勉強します。教えるのではなくて揃って勉強する時間をつくる
ことでお互い習慣づけることにしました。

夜は数学か物理の問題を1問、一緒に解きます。これは難しい。中学
の頃はすこし迷っても教科書めくればああそか、と知ったかぶりして
その場その場で切り抜けてゆけましたが、高校生の数学や物理はそう
簡単にいきません。教科書読んでも、参考書めくっても、理解するの
に一苦労します。その部分だけ読んでもわからないからです。もっと
前の段階の内容を把握しないと理解できない。

ただでさえ不足気味だったところにもってきて還暦を来年に控え比重
の軽くなった脳ミソで大学入試問題と組み合うのだから無理がありま
す。

でもいいんです。なにも娘に向かって自慢したいわけじゃない。一緒
に考えて、一緒に解ければそれで大成功です。お互いにそうじゃない
だろう、こうじゃないのなんて会話しながら30分から一時間くらい
ごちゃごちゃと突込みあいながらひとつの問題と組みあう。

考え方のつじつまがあって答えに行き着き、巻末の解答と突き合わせ
大喜びしたり、唖然としたり。これがまた楽しい。時間が15分くら
いしか経っていなくても1問解いたらおしまい。今日は調子よかった
なあでおしまい。1時間近くたっても埒が明かないときは「棚上げ」
宣言しておしまい。ちょっと下調べして翌日リベンジします。

自分もすこしずつ解けるようになってくると、試しに来春にもう一度
どこかの大学の入学試験を受けてみようかなんて思ったりします。

本人は学校の宿題や定期テストの勉強もあります。いままでの勉強の
仕方には多くの改良すべき課題が含まれていることはまちがいありま
せんがそれを負担にならない程度の時間で気づいてもらえれば大成功
です。

どのように脳を使えば効果的に学習できるか、それは本人にしかわか
りません。ちゃんとした学習方法というのが見つけられるように周辺
を整備しようとしています。

私にとってはこれも「ちゃんとした現場づくり」のひとつのテーマに
なっているんです。

いい結果が得られるといいんだけど。仕事以上にどきどきします。


印税の小切手が届きました
昨年10月にAmazonから電子書籍を出版しました。そのロイヤリティーが
小切手になってシアトルから郵便で送られてきました。横文字が印刷さ
れた封筒を見たときはまたクレジット会社からの案内かと思いましたが、
そのままくずかごに放り込まなくてよかった。

差出人がAmazonとなっていて、ネット購入品の精算に関する連絡なのか
と封を切ったら中に小切手がはいっていました。いや~、うれしかった。
そうか、売れた分だけの印税が送られてきたんだと判り大喜びしました。

もちろん金額はちいさいもので子供のお年玉程度ですがこれはうれしい。
自分の文章が人に買ってもらえて、そこから幾分かの割戻しが送られて
くる。この感覚はいままで感じたことがありませんでした。

今回送られてきた金額は10月初旬の出版から11月末までの精算分とのこ
とで、たぶん出版を宣伝した友人達が応援しようと購入してくれた分に
まちがいありません。みんなに背中を押してもらってるんだなあと友達
のありがたさが伝わってきました。

最近でも一週間に1冊、2冊、ぽつりぽつりとダウンロードしてもらって
いて、これまた励みになります。どこでどのような人が私の文章に出会
って、わざわざお金を払って読んでくれているんだろうと思うと不思議
な心持になります。

自分でも何度か読み返してみて言葉が足りてない部分、ムダな部分など
あちらこちらに手を加えたくなります。またもうしこし現場での経験を
積んだら、一段洗練した文章に書き換えてみようと思います。
井上ひさしさんの本から教えられた「自分にしか書けないことを誰にで
もわかるように書く」ことをもう一歩進めてみたくなります。

自分の考えを文章に表現してみようとすると、伝えるのに必要な字数、
ページ数の分だけ頭の中に展開する場所が必要になってくるようです。
ひろびろとした景色全体を眺めながら、個々に点在する小さな部分一つ
ひとつにも焦点をあてて正確に認識する力が求められているように思い
ます。この視界の広さと解像度の違いがそのまま文章の出来映えを決め
ているのでしょう。もっともっと感覚を磨いてゆきたいと思います。

このブログも3年を経過し、アクセス件数もこれまでで35万件を超えま
した。読んでくださっている方々に感謝しています。本当にありがとう
ございます。

最後にひとつ。Amazonから送られてきた小切手はU.S.ドル建てでした。
これを日本円として手にするにはとんでもない手数料がかかります。
小切手を現地銀行に郵送し、現地銀行が日本の銀行に手数料を差し引い
て送金します。それを日本の銀行が為替手数料を差し引いて私の口座に
入金する。この手続きで私が手にした小切手の額面はほぼ半分になり、
さらにここに来ての円高。なんだかなあ、って感じ。Amazonから出版
するときはロイヤリティーの受け取りを小切手でなく、銀行振り込み
にすることをお忘れなく。


世の中「ちゃんとしてない」ことばかり
あけましておめでとうございます。ブログの更新を大分長い期間サボっ
ていました。申し訳ありません。

じつはアベノミクスのご利益により企業業績が底上げされ、新聞紙面に
リストラの文字も見かけなくなってきたし、私の退職後生活も3年経過
したためそろそろこのブログを閉じて、別のテーマで書き始めようかと
いろいろ考えていたのです。

ところがここにきてあの東芝が大リストラを敢行すると発表しました。
年初にちょっと引っ掛かる話題ですが著書に関係するテーマを書かせて
いただきました。

不正会計という所業によってあれだけの大ブランドが一瞬にして吹き飛
んでしまいました。無策な経営者も非難されて仕方ありませんが、法を
侮った経営はあってはなりません。断罪されてしかるべきでしょう。

粉飾せずとも黒字だったのに、社内目標が達成できていないからと捏造
を繰り返し取り返しのつかない、危篤状態にまで陥ってしまいました。
期待を裏切ったのではなく、信頼を裏切ったのでこの復旧作業には膨大
な時間と努力が必要になります。

一方では旭化成建材の手抜き工事とデータの捏造が発覚しこちらも大変
な状況に陥っています。現場での作業者がデータを紛失したりとのこと
として処理されていますが、事実はそうでなかったのだろうと私は考え
ています。

杭打ち作業手順が「ちゃんと」していなかったのです。本をだしてから
この「ちゃんと」という言葉にどうしてもこだわってしまうのです。

杭打ち作業におけるちゃんとしていなかった部分はたぶん、打った杭が
硬い地盤まで届かず、データとして残すことができなかったのだろうと
思うのです。準備された杭の長さは地盤調査に基づく設計値で製作され
ているはずです。でも地盤調査は敷地内の数箇所で行うもので、それぞ
れの杭打ち場所個々にボーリングして確かめているわけではないと思い
ます。

杭打ち重機の負荷をモニターしながら硬い地盤に突き刺さったことを確
認し、データを残すということでした。でも硬い地盤が予測より深かっ
たらどうするのでしょう。このルールが決められていなかったのだと思
うのです。だから「届いていなかった証拠となるデータ」を残すことが
できなかったのです。捏造するしかなかったのです。

「杭長さ足らず」で杭の製作からやり直すなんてことは出来ようはずも
ありません。建築現場で行われる多岐にわたる作業はそれぞれ異なる専
門業者が組み込まれています。そのスケジュールはまさにプロジェクト
マネージメントの大作とも呼べるほどに緻密に組まれているはずです。
そこで働く人たちや重機にはすぐに次の現場が待っているのです。建築
スケジュールが遅れるだけではなく工事そのものが続けられなくなって
しまうのです。

測量の精度、設計の瑕疵など上流で行われる作業のしわ寄せが現場作業
に覆いかぶさっているのです。しかもそのリカバリー方法が準備されて
いない。データを採り確認することはできます。でもNGだったらどうす
んのよ。ちゃんとしてないルールのほとんどはこの問題を抱えています。

①杭の長さをS,M,Lで準備しまずS杭から打ち始め、地盤まで届かなかっ
 たらMに変更する。その間にMを1本追加発注する「背の順工法」。
②短い杭を打って届かなかったら杭の尻に継ぎ足しの杭を継いで長くす
 る「杭つなぎ工法」。
③はじめから長い杭を打ち込んで、余った部分を切り取ってしまう「出
 る杭は切る」工法。

どんな方法でも構いませんが、性能と工期とコストへの影響を最小限に
抑える工法開発が必要だったのです。

ちゃんとしてないルールは一様にこの「エラー処理」が不完全です。作
業者がルールを守らないのではなく守りようのないルールになっている
のです。現場から予定通り進まないと進言されると「それを考えて進め
るのが仕事」とか「そのぐらいのこと自分で考えろ」とは「そんなこと
もできないのか」などと管理できない管理者は現場を叱り飛ばします。
結果、担当者の独断で「見かけ上」の合格結果が残されてゆきます。

この欠陥が根深くはびこるのはルールが守られていない事実が隠されて
しまうことです。

皆さんに課せられているルール、そして皆さんが課しているルールには
ちゃんとしたエラー処理が準備されていますか。一度見直してみてくだ
さい。企業としてだけでなく、個人としても破綻のきっかけになります。
守れるルールを作り上げましょうね。


自信を手に入れる
 「もっと自信を持てよ」などと促されることがよくありますね。ある
いは「〇〇選手は最近自信を失っているようです」といった表現も度々
耳にします。自信を持って物事にあたればよりよい結果に結びつく。そ
ういった考え方からでしょう。

でも自信を持つにはどうしたらいいのでしょうか。実は先般電子書籍を
出版するにあたってこのことを考えていました。ブログとは違ってお金
を払っていただくわけなのでいい加減なことは書けない、せっかく買っ
てくれたのにがっかりさせちゃ申し訳ない。そんなことをあれこれ考え
ていました。そもそも自信を持つとはどういうことなんだろうと。

自分なりの手応えを確かめてから出版しましたが、出版してしまってか
ら日数が経るにしたがって徐々に自信が増してきているように感じます。

自信を持つということは、実力をつけるとは全く異なることなんだとの
結論に至りました。自信を持つには実力が足りない、もっと努力しなく
ちゃ自信が持てるようにならない。これまではそう考えていたように思
いますが、これは間違いでした。

実力と自信は関係なかったのです。自信とは自分の行動に対する批判を
受け容れられるようになるということです。公言したことが守れなかっ
たり、発表した内容に間違いが含まれていたりと、批判に晒されること
を懸念して躊躇することが自信を失うということでした。

たとえ実力をつけたとしても、その実力とはどれだけのものでしょうか。
どこの世界で活躍する人たちでも、その実力はピンキリでしょう。上も
あれば下もあるのです。でもその人たちはそれなりに社会の中で活動し
ています。実力なんてどこまでつけても「完成」することはありません。
どこまでいっても中途半端なんです。

自信を持つのに努力は必要ありません。自分の非を素直に認める心構え
があればいいのです。それが自信です。そしてその自信を持ってコトに
あたることで自分なりの最善の結果に結びつく。最善以上の結果を得る
ことはできませんから、実力を発揮仕切ったことになります。ここがと
ても大切なんだと思います。

良い結果がでればそれなりに評価してくれる人たちが現れます。その良
い評価が自身を裏書きし、さらに大きな自信に育ててくれます。そして
さらに良い結果に導いてくれます。

自信をもてば実力がつくのです。でも実力をつけたと思っても自信には
つながりません。だってどこまでいってもピンキリなんだから。自分が
ピンの仲間にいると自覚するには、だれかに「褒められる」ことが必要
なんです。他の評価なしに実力を自覚することはできません。そのため
にも可能な限り自らの最善の結果を求めなければならないのです。その
ためには自信を持たなければなりません。

みなさん、自信を持ちましょう。簡単です。見栄を捨てて素直に己惚れ
ればいいのです。失敗したら謝っちゃいましょう。謝ればチャラです。
自分としての最善の結果に寄り添うためには己惚れが必要です。そして
結果が悪かったらそれを受け入れる覚悟を持つ。これが自信です。

この稿を書くのにあたり私の背中を押してくれたのは三島由紀夫の「不
道徳教育講座」というエッセー集です。昭和42年の本ですからもう50年
近く前に刊行されたものです。ブックオフの百円コーナーばかり漁って
いるのでこういった本との付き合いが多くなります。そのなかの「でき
るだけ己惚れよ」というエッセーが大いに効きました。

でも勘違いしないでください。石橋を叩くなということではないのです。
準備しなくて良いということではありません。結果に拘泥しない、是非
を素直に受け容れる腹を決めるということです。

実力が自信を与えるのではありません。自信が実力を生みだすのです。
これ、いいと思いますよ。


電子書籍を出版しました
今年春から一生懸命に書いてきた本、6月に日本語原稿を書き終えた後、
どうしても英語版も作成したくなり、先日まで格闘してきました。

書いた文章はこれまで携わってきた中小企業の海外工場での仕事の進め
方に対する提案でしたので、駐在者だけでなくローカル管理職の人たち
にも読んでほしかったのです。

最初は概要だけをつくればいいかなと始めましたが、それだとどうして
も内容がつながってゆかないのです。訳を進めてゆくうちにだんだん細
部まで翻訳したくなってきて、2回目、3回目の校正では結局ほぼ全文
を英語に置き換えることになってしまいました。

そもそも英語の文章なんか書いたことがない。学生時代の成績も良くな
かったのに無謀なことだとは思いつつ、でもやってみたかったのです。
1日3時間もやってると頭がボ~っとしてくる。それでついついビール
片手に散歩に出ちゃったわけです。

でもその癖も封印し、先日漸く自分なりに「完成」を見ました。出版社
は振り向いてくれなかったので、AmazonのKindle版として2冊を出版し
ました。

内容は同じ本なのですが、ひとつは日本人向けで日本語の文の後に英語
版が合冊されています。もう一つは外国人向けでこの順序が逆になって
います。タイトルもちょっと変えてみました。

もし、もしも興味があるようでしたらぜひぜひ読んでみてみてください。
税込みで864円です。

日本人向け「海外工場をもつ中小企業のための ちゃんとした現場づくり」
 http://www.amazon.co.jp/gp/product/B016BNWQ7Y?*Version*=1&*entries*=0
(日本語、英語の順)
外国人向け「Make Your Factory Profitable with The "CHANTO" System」
 http://www.amazon.co.jp/gp/product/B016BZGR54?*Version*=1&*entries*=0
(英語、日本語の順)

どちらもパソコン、タブレット、スマートフォン何れでも購読可能です。

皆さんの周囲がちゃっとしているのかどうか。その目線で読み替えて頂
けると役に立つところがあるのではないかと思います。自分の職場って
ちゃんとしてるのか。ちゃんとした上司なのか、社長なのか。自分自身
はちゃんとした〇〇なのかなどなど。如何ですか。

しかし英語にするってのは難しい。その上正しく伝わる文になっている
かどうか判断できないのです。たぶん本職に翻訳してもらっても、その
英語が正しくニュアンスを伝えてくれているか判断できないでしょう。
結局自分の力の範囲内でやるしかなかったのです。文法間違いも相当含
まれていると思いますが、ま、それなりに理解してもらえるんじゃない
かなって思うようにしました。

これまでも現地では酷い英語で、白板に書く言葉も綴りめちゃくちゃで
なんとか意思疎通はできてたんだから。日本語がついているから会社の
日本人に聞いてもらえればいいかなって。

もちろん収入になる程のものではありませんが、固有名詞で一つの仕事
ができたことは大きな喜びです。うれしいです。

英語も少し慣れてきたので、この調子で伸ばして行けたらと技術文章の
翻訳テキストなんぞを見つけてきて勉強を始めました。金曜の読売新聞
に掲載される英字版の解説記事も結構役立ってくれます。

本にまとめ始めてから半年、思い立って少しずつ書き始めてからは2年
の制作期間が終了しました。また次のこと始めないといけないです。
そろそろ収入を優先した活動にしないといけないですね。少々気が重く
なるけど。がんばりましょう。


ビール飲むの止めてみました
 毎日飲んでいたビールをやめてみました。まだ1週間ほどしか経って
いませんが、いまのところ続いています。理由は妻から発せられた不安
です。この人、世間に背を向けた廃人になってしまうんじゃないかって。

顧問契約していた2社との仕事がこの5月一杯で満了しました。以降は
このブログにも書いたように自分の作品づくりに没頭していました。6
月に一応の完成を見たあと、英語版への翻訳に取り組んできました。

私が書いてきた文章は海外工場をもつ中小企業に向けた工場運営の手法
です。でもいくら日系企業とはいっても現場の管理職、課長さんクラス
はどこでも現地の人たちで構成されています。したがって彼らに理解し
てもらえなければ実際の役に立つ事はできないと考えたからです。

午前中3時間、午後3時間も英語と格闘しているともうヘロヘロです。
日本語で書いていた時だって迷路に入り込み散歩とビールによる気分転
換を必要としていたんですから、不得意な言語でとなってはもう無理が
ありました。

独立してからは、一度やってみようと思った事は、のちにむだじゃない
のかと思えてきても実行すると決めていました。そうでないと何ひとつ
前に進まないのです。

でも妻や娘が帰宅する午後7時ころにはもう半分できあがってしまって
いました。それを毎日目にする妻にすれば「契約がおわってから今まで
仕事もせずに酒ばかり飲んで、働かずに退職金を食いつぶしてしまうの
では」と不安になって何の不思議もありません。実は心の隅ではそう思
われることもわかっていたのですが、翻訳作業のヘロヘロが先に立って
しまっていた訳です。ようするに甘えていた訳です。

しかし家族を不安に陥れる事はあってはならないこと。思い切って止め
ることにしました。とはいっても絶ったわけではないのです。無造作に
摂取することを慎むようにしました。ようするに普段は飲まない。

そういえば以前私はヘビースモーカーでした。マイナー銘柄のチェリー
という煙草を毎日2箱は吸っていました。チェリーがないときはショー
トホープを4箱吸っていました。それを止めたのが今からちょうど30年
前の1985年の8月でした。じつは酒を飲み始めたのはこの煙草を止めて
からです。それまでは下戸だったんです。

以来、現在に至るまで、今度は30年間毎日のように飲んできたビールを
止めたことになります。でもあまり気負わないようにと。

朝起きてから、夜横になるまで、頭の中がずっと醒めていることを実感
します。1日がすごく長くなったようにも感じます。これってたぶん良
いことなんだろうと。すくなくとも英語版が完成するまではこの調子で
過ごし、少しでも早くバイリンガル版として出版できるよう頑張ろうと
思うようになりました。

薬を飲んで覚醒を求める人が後を絶たない中で、ビール飲むのを止めて
覚醒できるなんて、安上がりこの上ない覚醒方法を見つけました。

こんなことで喜んでいるのは私くらいかもしれませんね。