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早期退職を考える人たちへ
早期退職が盛んな日本の製造業。去るか、残るか悩んでいる人たちへの参考として私の経験を伝えます。 左下「カテゴリ」を目次代わりにしています。
Give and Given その2
Give and Takeにはお互い様といった意味に加え「やってやったんだ
から何か返せよ」といったニュアンスを感じます。あまり好きな言葉
ではありません。これは私達の日々の活動に対するものではなく交渉
における姿勢を表したことばでしょう。Takeできそうな量に見合った
分だけGiveする。まずTakeありきの関係です。

新しいアメリカの大統領はまさにこれ。安倍総理は個人的信頼関係と
か寝ぼけたこと言ってますが、そんなもの有るわけない。Takeできる
と思うから相手しているだけです。ようするにカモられてる。オバマ
さんとは真逆のこすっからい人間です。

GiveしたことでGivenされるものは結果です。結果とはそれが出るま
でに行ってきた活動に対する審判です。あたりまえですが結果は終わ
ってみなければわかりません。事前に結果を手にする事はできません。
結果は与えられるものだからです。

結果がすべて。結果で評価する。結果が出なければ意味がない。その
とおりです。でも結果は終わってみなければ判らないので誰も結果を
担保することはできません。

私達がやっているのは希望する結果が得られるように計画する、実行
する、努力するよりほかないのです。結果は与えられるのです。

業績が予定を下回ったので粉飾した会社がありました。燃費が目標に
届かなかったのでインチキした会社がありました。結果が伴わなけれ
ば評価されない。だからウソでごまかす。

これは現場サイドの良識の問題ではなく、マネージメントが持つ典型
的な病巣です。腐敗といってもいい。

担当者は目標に向けた事業計画を作成し承認を得ます。時間と予算が
決まります。これは「希望する結果をもたらすであろう最善の手順」
と認められたわけです。でもその結果が期待を下回ったとき、担当が
責任を負わせる。これ間違っていませんか。手を抜いたんでしょうか。

もちろん個々の担当者は時々刻々適正な判断をしながら進める責任を
負っています。でも担当者個々の時々の判断が不用意だったのか計画
そのものに瑕疵があったのか。

マネージメントの仕事はこの「結果に向けた最善の策」を立案承認す
ることです。「やり方は任せるよ、結果だけ出せばいいから」なんて
上司は不要でしょう。そんな無能な上司に振り回されていませんか。

結果がでるまえにTakeできるのならそんな楽なことはありません。そ
れらは「裏口入学」「賄賂」「買収」といった金銭で買い取ったもの
にほかなりません。

希望する結果を得るためにはそのプロセスをデザインすることと全力
で進めることの両輪が揃ってはじめてその土俵に乗ることができます。
私達にできることはこれだけです。それでも結果は判りません。

目標に向けて自分の力をGiveする。でも結果を自らTakeすることはで
きない。結果はGivenです。これを受け容れる覚悟が自分を強くします。

受験シーズン真っ盛りの今、受験生を抱える家庭はピリピリしている
でしょう。我が家も一人抱えて、インフルエンザが猛威を振るう中で
母親は食事に神経を尖らせています。幸い誰一人風邪すらひかず健康
そのものです。

入学試験の結果もまさにGivenです。その日までどのようなプロセスで
学力をつけてきたのか、その手順を使ってどれだけ脳を鍛えてきたか。
その過程が審判を受けるわけです。

最善と考える手順を決め、全力でやる。結果を受け容れる。これ基本。
そしてこれができない人の下では働かないことです。


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Give and Given
「Give and Take」はよく使われることばですが今回テーマにしたの
は「Give and Given」です。私の造語で「結果は与えられるもの」を
意味しています。昨年行った講演会で使った言葉ですがとても気に入
ってしまい最近よく使っています。

我が家には大学受験生が一人おります。センター試験も終わりいよい
よ個別の大学でのテストが始まりました。本人は緊張を悟られまいと
振舞っているようですが日常の言葉遣いや仕草にその「緊張するまい
ぞ」という緊張感があふれ出ています。

試験を受ける本人かそれ以上に母親が緊張しています。ピリピリ感が
押し寄せてきます。猛威をふるうインフルエンザに罹らないようにし
ないといけない。試験当日のお弁当は食べて楽しく、その上眠くなら
ない献立にしないといけない。そんな使命感が伝わってきます。

試験問題が解けるかどうか、当日の体調や心の持ちように左右される
でしょうが結果を支配するのは入試問題を解く力がついていたかです。
力をつけるために過ごしてきた時間とその間の作戦そして本人の遂行
に対する審判が下る訳です。

結果とはそれに向かって進めてきた活動に対する審判です。立案した
作戦とその遂行に対する判定です。頑張りが足りなければ期待する結
果は得られませんし、いくら多くの時間をつぎ込んでも作戦が的外れ
では合格できようもありません。この双方が整って始めてよい結果が
もたらされるわけです。

娘の結果がどのような形でもたらされるかわかりませんが、それらは
娘が大学入試を意識してから以降の活動に対する審判としてもたらさ
れるものです。

結果は直接取りに行くことのできるものではありません。普遍的に与
えられるものです。結果にコミットするなんて宣伝を耳にすることが
ありますが、結果に責任を負うことはできても結果を事前に担保する
ことなんかできません。

マージャンをはじめ賭け事で「勝ち逃げは許さねえ」とか「俺は勝つ
までやめねえんだよ」といった台詞が使われることがありますがこれ
は勝利にコミットしてるのでもなんでもなく、不都合な結果は受容れ
ないと宣言しているだけのことです。最近どっかで大統領になった男
の台詞と一緒です。

会社の業績が悪かった。それは事業計画が幼稚だったか社員がサボっ
たかのどちらかです。前者は経営者の責任、後者は現場管理職の責任
です。結果を受容れてはじめて反省があり進歩があります。

「どうやるかは君に任せるよ、結果だけだしてくれればいいから」?
そんな無能な上司に使われていませんか。仕事を担当者に任せて結果
責任もとらせる。そんな管理職は不要です。いること自体が害です。
ましてや結果を隠蔽し、都合いいように捏造するに到っては言語道断。

Give and TakeはTakeすることを前提にGiveする行為です。Takeでき
そうもなければGiveしない。商売や交渉における姿勢を表したもので
しょう。私達の日常の活動はそうじゃない。得られるかどうか判らな
いけど、それに向かって一生懸命にがんばる。

正しいと思われる作戦を一生懸命考え、その遂行に全力を尽くす。そ
して結果を受容れる。「結果」とはそういう意味のことばでしょう。

このことは引き続き考えてゆきたいと思います。もう一回書きます。